2009年4月15日水曜日

渇愛について


転法輪経に三つの渇愛が説かれています。

      五欲への渇愛                         (kæma ta¼hæ

     (常見を伴う)存在への渇愛     (bhava ta¼hæ

     (断見を伴う)虚無への渇愛     (vibhava ta¼hæ

 

渇愛とはのどが渇いているとき水を欲するように色々な対象に対する貪欲です。のどが渇けば水を飲めばおさまりますが、塩水を飲んでもさらにのどが渇くように欲を満たすことは根本的な解決にはならないといわれています。

     五欲への渇愛

色声香味触の五つの対象への欲です。性欲の意味だと思っている人がいるかもしれませんが性欲も触れる感覚が中心の欲ということもできます。金銭欲も権力欲もそれを得ることによって五欲を満たすことができるのが大きい原因の一つだと思われます。

 

     (常見を伴う)存在への渇愛

伝統的な説明は色界、無色界に生まれたいという欲です。人、天(欲界)に生まれたい渇愛は①番に入れます。欲界に生まれて五欲を楽しませたいからです。

常見とは永遠な魂などを信じることです。色界、無色界などに生まれれば永遠に生き続けることができるという常見を伴った渇愛です。

色界とは色界禅定を得た人が生まれ変わる世界です。精妙な物質はありますが法を聞くための耳と仏陀を見るための目があるだけで香、味、触を感受する鼻、舌、身などの物質(浄色)がありません。

(色界の中に無想有情界という心がない物質だけの世界もあります)

無色界は無色界禅定を得て人が生まれ変わる世界で物質のない心だけの世界です。

 

     (断見を伴う)虚無への渇愛

断見とは死んだら終わりだという邪見で、この渇愛は死んだら虚無であって欲しいと渇愛することです。

色々と悪いことをしてきた人は悪い世界に生まれ変わって苦しみたくないのでこの渇愛があります。

自殺したい人は断見をもって死んだら今の苦しみがなくなると思い自殺するかもしれませんが自殺するのは怒りです。欲ではありません。破壊欲も破壊したいのは怒りで欲ではありません。

善心、不善心に関係する意欲(chanda)は欲(lobha, ta¼hæ)ではなく、貪欲(lobha)と瞋恚(dosa)は同時に生じません。

 

当然、預流道で全ての邪見を取り除いても生に対する渇愛があるから生まれ変わるわけですが、その場合は邪見を伴わない欲になります。

 

【性欲と金銭欲についての質問】

普通在家生活を送る上で五戒に触れなければ問題はありませんが、五戒に触れなくても不善心が生じている可能性は高いです。ですから月に何度か八戒を守ってたとえ夫婦間でも性行為をしない日を設ける習慣があります。

性欲に対する修行法は不浄観です。人の身体はばらばらにしていくと、その一つ一つは執着に値しません。

日常読誦経典p.46 、南方仏教基本聖典(大念住経p.87不浄観察の部・p.89九種の墓場の部)

ヴィパッサナー瞑想を実践すれば浄も不浄もなくただ観察するだけですが、性欲が強い場合は反対の概念で対処します。

アーナンダ尊者が女性とどのように接するべきかと質問したことがあります。(大涅槃経)

答えは

1.見るな 2.話すな 3.それができないなら自分の母や姉だと思って接しなさい

 

ある長老の話ですが男と女は磁石のプラス、マイナスみたいなもので近づけると引き寄せられてくっついてしまう。出家者も磁石のようになって還俗する場合が多いと()

 

金銭欲については強欲が問題で、正しい仕事で収入を得ることは正命(正語、正業によって収入を得る)になります。その得られたお金を自分だけで使うのではなく他の人々に与えるようにすればいいと思います。貧しい国では少しのお金でも命がたすかり、子供たちが勉強できるようになる手助けをすることが出来ます。仏教の布教のためにお布施することは言うまでもありません。

 

お釈迦様が在家に対して布施、持戒、生天(良い世界に生まれる)、欲の欠陥(離欲)、涅槃への道と段階を追って説法します。

在家の方が普通に五欲を楽しむのは問題ないと思いますが、渇愛というようにいくら満たしても完全な満足は得られないことを理解して、離欲を楽しむことも必要だと思います。

 

幸せでありますように。

2009年4月13日月曜日

三十二大人相について


大乗仏教とテーラワーダ仏教の三十二大人相と八十の細相は順番が少し変わっていることがありますがほとんど同じだと思いますのでご紹介します。

南方仏教基本聖典p.153の解説がテーラワーダの伝統的な解釈だと思います。横に上座部で対応すると思われるものを併記していますが、不確かなところもありますので参考程度にしてください。 

神奈川仏教文化研究所より引用 

【如来の三十二相】

名称及び順序は経論によって異説もあるが、大智度論巻四によると次のようになる。

1. 足下安平立相 そくげあんぴょうりゅうそう1.suppati¥¥hita pædo
  地を歩くとき足裏と地と密着して、その間に髪の毛ほどの隙もないこと。


2.
足下二輪相 そくげにりんそう 2.cakka pædo
  足裏に輪形の相のあること。


3.
長指相 ちょうしそう 4.Døgha³guli
  一〇本の手指(異説では手足指)が長いこと。


4.
足跟広平相 そくげんこうびょうそう 3.æyatanapa¼hi
  足のかかとが広く平らかであること。


5.
手足指縵網相 しゅそくまんもうそう 6.jælahatthapædæ(網のように揃った手足の指)

 手足指の各指の間に、鳥の水かきのような金色の膜があること。

6. 手足柔軟相 しゅそくにゅうなんそう 5.mudu-talunahatthapædæ
  手足が柔らかで色が紅赤であること。


7.
足趺高満相 そくふこうまんそう 7.ussa³khapædo(踝が高い)

足趺すなわち足の甲が亀の背のように厚く盛り上がっていること。

8. 伊泥延せん(足偏に專)相 いでいえんせんそう 8.e¼ija³ghoエーニ鹿のような細長い脛)

  足のふくらはぎ(足偏に專)が鹿王のように円く微妙な形をしていること。伊泥 延は鹿の一種。


9.
正立手摩膝相 しょうりゅうしゅましっそう 9.¥hitakova anonamanto jantukæni paræmasanaµ
  正立したとき両手が膝に届き、膝を摩するごとくであること。


10.
陰蔵相 おんぞうそう 10.kosohitavatthaguyho
  男根が体内に密蔵されること。


11.
身広長等相 しんこうじょうとうそう 15.brahmujuggatto(梵天のように真直の身体)

  身体の縦広左右上下の量が等しいこと。


12.
毛上向相 もうじょうこうそう14.uddhagga loma

  髪毛の先端がすべて上になびき、右に巻いて、しかも紺青色を呈し柔軟であるこ と。


13.
一一孔一毛相 いちいちくいちもうそう 13.ekaka loma
  身体の一札におのおの必ず一毛を生じ、その毛孔から微妙の香気を出し、毛の色 は青瑠璃色であること。


14.
金色相 こんじきそう 11.suva¼¼a va¼¼o
  身体手足すべて黄金色であること。


15.
丈光相 じょうこうそう 48.parima¼ðala kæya pabhævantatæ(80の細相中)

  身体から放たれる光明は四方各一丈の長さであること。

16. 細薄皮相 さいはくひそう 12.sukhumacchavø
  皮膚が軟滑でいっさいの塵垢不浄を留めないこと。


17.
七処隆満相 しちしょりゅうまんそう 16.sattussado
  両掌と両足の裏、両肩、うなじの七所の肉が円満で浄らかであること。
18.
両腋下隆満相 りょうやくげりゅうまんそう 18.citantaraµso(両肩甲骨の間に窪みがない体)

  両膝の下が充実していること。


19.
上身如獅子相 じょうしんにょししそう 17.søhapubbaððha kæyo

  上半身の威容が厳粛で、あたかも獅子王のようであること。


20.
大直身相 だいじきしんそう 19.nigrodha parima¼ðalo
  身体が広大端正で比類がないこと。
21.
肩円満相 けんえんまんそう 20.samava¥¥akkhando 

  両肩の相が円満豊しゅう(月偏に叟)であること。
22.
四十歯相 しじゅうしそう 26.cattæløsa danto
  四〇枚の歯を有し、それらは雪のように白いこと。
23.
歯斉相 しさいそう 歯はみな等しく、硬く密であること。 24.samadanto (均整のある歯)

(25. avira¹a danto隙間のない歯)

  
24.
牙白相 げびゃくそう 26.susukkadæ¥ho
  四〇歯以外に四牙あり、とくに白く大きく鋭利堅固であること。


25.
獅子頬相 ししきょうそう 22.søhahanu
  両頬が隆満して、獅子王のようであること。


26.
味中得上味相 みちゅうとくじょうみそう 21.rasaggasaggø
  食物はその最上の味を味わえること。


27.
大舌相 だいぜつそう 27.pahþtajivho
  舌が軟薄で広く長く、口から出すと髪の生え際にまで届くこと。しかも、口に入 っても一杯にはならない。


28.
梵声相 ぼんじょうそう 28.brahmassaro
  声は清浄で、聞く者をして得益無量ならしめ、しかも遠くまで聞えること。


29.
真青眼相 しんしょうげんそう 29.abhinølanetto(勝れてた漆黒の目)

  睫の色が紺青色で青蓮華のようであること。


30.
牛眼瀟睫相 ぎゅうごんしょうそう 30.gopakhumo
  睫が整っていて乱れず牛王のようであること。


31.
頂髻相 ちょうけいそう 32.u¼høsa søsoターバンを巻いたような円満な頭)

頭上に肉が隆起して髻(もとどり)の形を成していること。


32.
白毫相 びゃくごうそう 31.u¼¼¼æ bhamukantare jætæ odætæ mudu tþla sannibhæ
  眉間に雪白の白毛があって光明を放つこと。

【コメントの質問の答えは】

頂髻相(ちょうけいそう)u¼høsa søso ターバンを巻いたような円満な頭)

頭の頂の肉が隆起して髻(もとどり)の形を成している(にくけい)の事。

ある人は悟ると脳が発達して頭頂部が隆起した()と思っている人もいます。

螺髪(らほつ)について面白いので読んでみて下さい。

菩薩が出家するときに髪を切ってそのまま伸びることはなかったと聞いたことがあります。

今で言う天然パーマなのかもしれませんが伸びないのは怪しいですね()

あいまいな記憶ですがスキンヘッドの仏像もあったと思います。

ミャンマーですと1週間に一回剃るのが普通ですが、タイですと月に1,2回と聞いたことがあります。

病気でない限りミャンマーで2週間以上伸ばしているとニセ坊主だと思われるかもしれません()

厳しい学問寺では剃る日が決まっていて勝手に剃れません。全ての僧侶が同じ髪の長さなので見た目が良いのと一度に剃れば手間が省けるのかもしれません。


【お願い】いつもコメントしていただいてありがとうございます。匿名のコメントですと誰がどのような質問をしているか分かりませんので本名でなくて結構ですので適当に名前を入れてください。よろしくお願いします。個人的な判断で削除する場合もありますのでお許しください。

2009年4月7日火曜日

惛沈睡眠について


初心者の特に瞑想の障害となるのは痛み、思考(妄想)、眠気です。

座るのに慣れてくると痛みはそれほどでなくなりますが、考え事が止まらなくなったりします。

やっと考え事が少なくなったかと思うと眠くてどうしようもなくなり、場合によっては寝てしまいます。

最悪なのが、自分が居眠りしているのに良い瞑想状態だったと勘違いすることです()

姿勢が崩れずに寝ていればまだ勘違いするのも分かりますが思いっきり猫背になっていても、自分では集中出来ていると思っている人がたまにいます。

(始めから猫背なら分かりませんが)

これは単純に睡眠不足というより瞑想の障害としての惛沈睡眠です。

惛沈睡眠の反対の力は精進です。精進の力が弱いと眠くなるし、眠くなるので精進の力が落ちてきます。

 

そして心の対象を取る働きが弱くなるので有分(過去生の結果としての心、異熟心)に落ちるといわれています。

普段、起きているときでも心の流の間間に有分心が生じていますが、熟睡しているときは有分心が生じ続けている状態といえます。

 

心の対象を取る働きが弱くなると、その反対の尋が必要です。

対象に心、心所を向かわせるという働きです。

眠れないときは考え事が多く止まらない場合がありますが、これは尋の働きが活発になって新しい対象に次々に心を向かわせているのです。

眠りたいときは眠れず、起きていなくてはいけないときに眠くなるのは困ったものですね。

 

身体が疲れて寝るのは惛沈睡眠とはいいません。なぜなら煩悩が完全にない仏陀や阿羅漢でさえも寝るからです。しかし前後に惛沈睡眠という不善心所は起こりません。食べ物に対する貪欲(lobha)はなくても身体を維持するために食べたいという意欲(chanda)は悟ってもあります。

 

【瞑想中に眠くなった場合の対処法】

眠気が無くなった時点で元の瞑想法に戻してください。

 

眠気に対してサティを入れる(気づく、念、ラベリング)

姿勢が崩れていたらゆっくりと念を持って姿勢を正す、伸ばす。

意識的に念を持って長めの腹式呼吸を何度かやる。

心の中のラベリングの声を鋭く強く大きくしてみる。

それでも眠い場合は目を開けて念を持って光を見る。

ゆっくりと立ち上がり立つ瞑想か歩く瞑想に切り替える。

念を持って顔をお洗いに行く。

 

ヴィパッサナーにはなりませんが眠気をとるために

心の中で光がイメージする。

それでも眠い場合は心の中でお経を唱える。

仏教の教義について考える。

 

最後には念を持って横になって眠る(笑)

 

瞑想のたびに眠る癖をつけないようにしてください。

歩く瞑想を長めにやり座禅の時間を減らすといいかもしれません。例えば40分歩行瞑想20分座禅(歩行瞑想を先にしてください)

 

【お知らせ】

熱海の瞑想会の予約をして直前のキャンセルはおやめください。